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ビゲン 歴史エピソード

2

超重要標本の毛色を
復元せよ!

純血木曽馬標本の毛色は
再現できるのか?
たてがみ復活
プロジェクトチームの挑戦

超重要標本の毛色を復元せよ!

ヘアカラー剤のパイオニアとして地域とともに発展を遂げてきたホーユー株式会社。
2001年にビゲンブランドの商品を使用した、とても珍しい取り組みが行われました。
当時名古屋大学博物館で特別展示されていた、
貴重な純血木曽馬『第三春山号』の剥製標本の毛色を
復元することになったのです。

最後の純血木曽馬
『第三春山号』とは

木曽馬は長野県木曽地域を中心に飼育されてきた日本在来馬の一種です。戦後、純血の木曽馬は絶滅寸前でしたが、第三春山号はその最後の1頭となり、生涯に700頭もの子を残したといわれています。その死後、骨格は名古屋大学農学部に保管され、皮は剥製となり現在の長野県木曽町にある開田郷土館に展示されています。

最後の純血木曽馬『第三春山号』とは

剥製標本完成直後の第三春山号
(名古屋大学博物館 提供)

木曽馬が名古屋で復活?
「第三春山号たてがみ復活
プロジェクト」発足

時は経ち2001年。名古屋大学博物館が創設される際に、名古屋大学が所蔵する第三春山号の骨格標本と開田郷土館所蔵の剥製標本の同時展示が実施されました。そのとき、剥製標本のたてがみや尾が著しく変色していたことが判明したのです。

博物館などで保管されている剥製標本は、研究素材として長期的に扱われるために「生きていた当時の形そのものの保存」が重要視されます。特に第三春山号は、木曽馬の血統を復元するための基準(見本)として保存されていたため、毛色も含め姿形の変化は避けねばなりませんでした。

名古屋大学は第三春山号の写真をたよりに変色した体毛を復元し、開田郷土館にお返しするプロジェクトを発足。そこで、白羽の矢が立ったのが創業以来ヘアカラー剤一筋、地域に根ざした企業であるホーユーだったのです。

今回は当時のホーユーのプロジェクトメンバーだった、吉田安宏さん、田中基晴さん、夫馬由人さんの3名にお話を伺いました。

田中

田中

ホーユー株式会社・田中基晴
海外ビジネスカンパニー 
海外商品企画管理部商品管理課課長

夫馬

夫馬

ホーユー株式会社・夫馬由人
総合研究所 
製品開発第1研究室室長

吉田

吉田

ホーユー株式会社OB・吉田安宏
新商品開発部門

ロングセラー商品
「ビゲン カラースプレー」が
抜てきされた理由

── 本日はよろしくお願いします。
皆さんの現在のお仕事と、当時の役割を教えていただけますか?

夫馬

夫馬

国内外の一般のお客様向けの製品開発を担当している夫馬と申します。プロジェクト当時は入社まもない若手社員でした。

田中

田中

商品管理課の田中と申します。現在は商品にまつわる法令の管理、海外商品のリニューアル等を担当しています。当時は吉田さんの指導のもと、プロジェクトに参加していました。

吉田

吉田

吉田と申します。現在は退職しておりますが入社当時から長年にわたり、研究所で新商品開発を担当していました。当時はプロジェクト実現の指導にあたっていました。

── 名古屋大学から依頼が来た当時のことを聞かせていただけますか?

田中

田中

私が名古屋大学出身だったこともあり、最初に木曽馬の毛色復元の相談を受けたんです。そして当時の上司に「こういう話が来たのですが……」と相談したところ「う〜ん」と悩まれたのを覚えています。

吉田

吉田

その後、同じ上司から私のところへ話が来て「退色した馬の毛を染めほしい」と言われ、最初は「そんな馬鹿な」と思いました(苦笑)

夫馬

夫馬

これはびっくりしますよね(笑)。実際に木曽馬を見てみると、たてがみや尻尾の毛色がかなり色あせていました。

当時の写真を見ていろいろ思い出しはじめた3人

当時の写真を見ていろいろ
思い出しはじめた3人

吉田

吉田

開田郷土館で剥製が展示されていたとき、蛍光灯に照らされていたそうなんですね。蛍光灯は紫外線が出ますので、何十年にわたり褪色して部分的にブリーチしたような毛色になっていました。

── 多くのヘアカラー剤があるなかで、
なぜ「ビゲン カラースプレー」で染めることになったのでしょうか?

吉田

吉田

第三春山号の剥製は、中に石膏が入っているんです。一般的なヘアカラーは洗い流す必要があるため、使えませんでした。じゃあどうしよう、ということで提案したのが「ビゲン カラースプレー」でした。

夫馬

夫馬

「ビゲン カラースプレー」は白髪を一時的に隠すことのできるスプレーです。誕生以来30年近くコンスタントに販売されていて、長い間使われ続けているロングセラー商品です。

吉田

吉田

このスプレーは、通常はシャンプーで洗い流せば落ちるのですが、洗わなければ色はキープされます。そのため剥製にはぴったりだったんですね。当時、私がビゲン カラースプレーの商品開発に関わっていたので、プロジェクト責任者として選ばれたのだと思います。

夫馬

夫馬

さらにビゲン カラースプレーは、色あせにも強いという特徴があるので、このプロジェクトに最適だったんです。

現在のビゲン カラースプレー

現在のビゲン カラースプレー

一発勝負の本番に向け、
スプレーを使った染髪の練習

── プロジェクトはどのように進んだのでしょうか?

田中

田中

まず、事前調査を行いました。博物館に足を運んで貴重な馬の毛をいただいて、色合わせをしながら試しに染めてみました。人毛とは違って1本1本太くてごわごわとしていましたが、染まりやすさに違いなどはなくて、その点はホっとしましたね。

吉田

吉田

「ビゲン カラースプレー」は押し方で濃淡の調整ができます。貴重な馬を染めるとのことで、田中さんや夫馬さんなどを集めたプロジェクトチームを作り、染め方を指導していったんです。

田中

田中

私と夫馬は当時カラースプレーの担当ではなく、もちろん馬のように大きなものを実際に染めた経験もありませんでしたので、リハーサルでは馬の毛色が再現できるように押し方をかなり練習しました。

夫馬

夫馬

イメージとしては、一般的なスプレータイプの塗料に近いと思います。きれいに染めるのは少しコツがいるんですよ。

吉田

吉田

馬の毛を観察すると場所によって微妙に色が違うんです。焦げ茶色から黒い色まで、どの番号の色をどこに塗るのかということや濃淡のグラデーションを出すのも工夫が必要でした。たてがみは茶色っぽい7番、尻尾は黒っぽい8番を使用して、場所によっては重ね塗りしたりしてました。

事前調査の様子 (名古屋大学博物館 提供)

事前調査の様子 (名古屋大学博物館 提供)

いよいよ当日。
生き生きとした木曽馬の姿が蘇る

── 本番当日はどんなふうに作業していきましたか?
また、特に難しい作業はあったのでしょうか?

吉田

吉田

まずどの場所がどれくらい色あせているのかを改めて確認して、染める作業を分担しました。マスキングを施した後、全体を大まかに塗って細部を重ね塗りする流れでした。半日ぐらいかかったでしょうか。

夫馬

夫馬

当時、新人だった私はマスキングを頑張った記憶があります(笑)

吉田

吉田

緊張したのは尾の部分です。しっぽはかなり長さがあり、さらに途中から宙に浮いているので、難しかったですね。

── 失敗できない作業ですが、緊張はしませんでしたか?

吉田

吉田

当初は「馬の剥製を染める」という話しか聞いていなかったため、純血木曽馬の重要性などの学術的背景をあまり考えずに「面白そう」と参加しました。ですが、標本の貴重さを知るにつれ緊張感が増してきました。

作業当日には名古屋大学の方から「取材を呼んでおきましたから」と言われ、新聞社などが複数来ていて、「これは大変なことだ…」と身が引き締まる思いでした。

色合わせのための毛束で確認作業(名古屋大学博物館 提供)

色合わせのための毛束で確認作業
(名古屋大学博物館 提供)

当日の本番作業。スプレーが付着してはいけない場所には紙やビニールでマスキングをしている(名古屋大学博物館 提供)

当日の本番作業。スプレーが付着してはいけない場所には紙やビニールでマスキングをしている
(名古屋大学博物館 提供)

── 出来栄えはいかがでしたか?
また改めてプロジェクトを振り返ってどうでしたか?

吉田

吉田

最初に対面したときは、色あせているせいで古ぼけた佇まいだったのですが、染色によって本来の姿が蘇っていき、感動しました。最終的には百点満点の出来栄えです。翌日、私たちが掲載されている新聞記事を見て、非常に重要な作業に関われたという実感が湧いてきて、達成感もありました。こうした社会貢献は他にありませんでしたので、本当に貴重な仕事でしたね。

夫馬

夫馬

こうやって振り返ってみると笑顔の写真が多く、緊張感のある現場でしたが、楽しみながら作業できたんでしょうね。当時は入社して間もなかったので「すごいことをする会社なんだな」という驚きもありました。

田中

田中

当初はどうなることやらと思っていましたが無事に終わって安堵しました。こんな貢献の仕方もあるのかと、とても新鮮な体験となりました。

確かな技術で
人々の生活を豊かにする
ビゲン開発チーム

他に例を見ない剥製標本の染色作業は、無事に大成功。名古屋大学・開田郷土館からは感謝状をいただきました。

展示終了後、第三春山号の標本は開田郷土館へ返却されていき、現在でも貴重な資料として大切に保管されているそうです。

確かな技術で人々の生活を豊かにするビゲン開発チーム

現在も開田郷土館で大切に展示されている
第三春山号の剥製

こうした社会貢献に携わることができたのも、現在までのビゲンブランドを支えてきた開発チームの確かな技術があってこそ。これからも時代のニーズに応え、安全で安心な商品を皆様にお届けするために、ビゲンブランドは技術を磨いてまいります。

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